IE9ピン留め
行って帰ります。
“天然コケッコー”という映画を観た。
2007年の映画で、島根の美しい田舎町が舞台。
ほんわかした温かい話だった。
ゆるりとした空気感が良かった。

映画の中で話していた言葉が好き。
「行って帰ります」という島根・石見の方言。
・・・なんかいいなぁと思った。
可愛い感じがするし、耳にとても心地良かった。

「行って帰ります」が・・・
冬の乾いた空気の中に、優しく響いて溶けてった。

くるりの“言葉はさんかく こころは四角”が
エンドロールで流れた頃には、
胸の奥がしっとりして、
いつしかポカポカに温まってた。


あと、もひとつ・・・ポカポカになったこと。
談志師匠の“芝浜”ですな。
落語は詳しくないけれど、「ああ、天才!」って思った。
「神が降りた」とは・・・言い得て妙。


寒い冬の日。
心の中はあったかい南風が吹いてゆく。
# by kurin1022 | 2012-01-28 09:52 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(2)
マイ・バック・ページ
先日の“深夜食堂”のオーダーは、“冷やし中華”なり。
好きになった男の好物であれば自分も好きになって、
真冬にだって一緒に食べちゃう。
そんな女心って可愛い。
すっごい寒がりの女なのにね。
例によって、やっぱりせつない空気感だった。

“めしや”のマスターが良かったな。
店で情報を聞きつけた刑事が
犯人逮捕をねらって再び現れた時の、
彼のまっすぐな姿勢がカッコよろし。

「帰ってくれ。うちは“めしや”だ。
 あんたらの仕事場にされちゃあ迷惑なんだよ」
“めしや”の主人として、その姿勢を貫くってことかな。

なんだか・・・意味はまったく違うけれど、
こないだ観た映画の主人公と重ねて観てた。
“取材源の秘匿”。
・・・このことをふと思い出して重なってしまった。


“マイ・バック・ページ”を観た。
一度観てみたいとずっと思ってた映画。

1969年から72年の実話が基の話。
東大の安田講堂の後の話だった。
朝日ジャーナルの記者に、妻夫木聡。
過激派のリーダーに、松山ケンイチ。

妻夫木聡演じる東大出身の若きジャーナリストは、
自身を安全地帯に置いて伝えるジャーナリストの姿勢を嫌う。
機動隊と命がけで戦った仲間をどこか傍観してた自分は、
半端なスタンスに常に“うしろめたさ”がある。
・・・そのことが彼を突き動かしたのかな。

ジャーナリストは過激派リーダーにシンパシーを感じる。
のめり込んでいき熱意をも共有したいと思い、
自身だけで伝えたいというジャーナリスト魂に燃える。
誠実さ。染まらず流されない正義感。そして優しさ。
私は、このまっすぐな若きジャーナリストに惹かれた。

「彼のことは自分にだけは分かる」という親近感。
結果、裏切られ警察に捕まり会社を辞める。
信じたものは全て自分が選択したこと。向き合うのは自分。
彼の誠実さは、観ていて痛いほどに透明で。

「俺が子どもなんだな」と寂しく笑った彼の姿に、
胸が締め付けられてしまった。
そんなせつなくも苦い話が最後まで淡々と描かれていた。

“取材源の秘匿”。
特定しうる情報を他に漏らさないこと。
自身が取材した相手を守るという義務と権利。
ジャーナリストとしての最高の倫理。

警察に追求されても相手に不利なことは知らせない。
最後までそれを通した。そんな人だった。
淡々と続く話の中で、ここが見どころだったな。
そういうジャーナリストって、今、どれくらいいるのだろう。

こういう時代があったのだ。
“熱かった”と言われる時代。
滑稽な理想を抱きながら彼女を抱く革命家の姿が、
滑稽で可笑しくて・・・悲しくて。
愚かさに嫌悪感を抱きながら・・・せつなさに熱くなって。
戦うべき敵を失ったような空洞や虚無感が見え隠れし、
最後には痛いほどに虚しさが心の真ん中に沁み込んでた。
そんな映画だった。

彼らが目指したものは私には分からない。
でも・・・人をたやすく殺してしまっているし、
裏切った仲間に対してリンチもするし、
いつの時代であってもどんなことであっても、
私はこういうのはイヤだ。理由付けの欠片もない。

ただ・・・
生きてゆくのが不器用な人を嫌いにはなれない。
そんな気持ちに包まれた映画だった。
そんな空気感を柔らかく映し出していた作品だった。

“マイ・バック・ページ”はデイランの曲だそうな。
ジャーナリストの彼の部屋の壁には、
デイランのポスターが貼ってあったな。

淡々と続く重いトーンの中で、好きだったシーン。
「どんな音楽聴くの?」
「ロック・・・かなぁ。CCRって知ってる?」
にっこり微笑んでギターを弾きながら、
CCRの“雨を見たかい”を二人で口ずさむシーン。

ラストシーン。
何かが吹き抜けていった感じがした。
人の心も、時代も・・・変わってゆく。
そんなラストには、せつない涙が込み上げた。


“深夜食堂”のラストにはオチがあって。
「最後の頼みがあるんだ」
逮捕される前に男が刑事に言う。
最後に、彼女と二人で並んで冷やし中華を食べる。
ホロリとする話だった。

そして・・・冷やし中華好きの彼と別れた後、
熱々の鍋焼きうどんを美味しそうにすする女の姿がある。
そりゃあね・・・寒い冬だものね。

男の哀愁をまざまざと観た後で、
女って・・・やっぱ貪欲でたくましいな、としみじみ思った。
# by kurin1022 | 2011-12-09 20:19 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(3)
天使の分け前
今年は11月17日でしたね。
11月の第3木曜日の解禁日に、
ボジョレー・ヌーボーをいただきました。
とても美味しかった。

相方が仕事帰りに赤を一本抱えて帰宅。
私じゃぜったいここまで出さないよ!(ケチ)って価格だった。
たまの贅沢ね・・・思いっきり堪能しましょ!
お洒落なワイングラスを・・・ふたつ用意した。

・・・その“たまの贅沢”をうっかり倒してしまった。
料理を置こうとした時に手が触れてしまった。
慌ててビンを起こすほろ酔いの私。
「この少しのワインは・・・天使の分け前」
ふと口をついた、なんともデタラメな言い訳。
「何言ってんだか・・・」と相方が笑った。

ちんぷんかんぷんな使い方だってことは百も承知。
いいのいいの。
大好きな言葉を口にして笑ってる時間は、
こんなにも優しく流れてゆくのだから。


「天使の分け前」という言葉を知ったのは、
酒好きの相方とつきあい始めた頃。

ウイスキーなど樽で何年も熟成するお酒は、
その間に少しずつ蒸発し量が減ってしまうんだ。
「Angels' share(天使の分け前)」って呼ぶんだよ。
独特の味わいや香りのためには必要なことで、
静かに呼吸しながらゆっくり熟成していくんだよ。
そんな「天使の分け前」があってこそ、
美味しいお酒が飲めるんだ・・・と。
なんてロマンチックな言葉なんだろうと思ったっけ。

12月は、ワインを口にする機会がいっぱい。
クリスマスもあるしね。
木曜日の女子会でも飲んだ。ボジョレー・ヌーボーも飲んだ。
スカイツリーが見えるレストランで。
お父さんを亡くした彼女と一緒に飲んで、ご冥福をお祈りした。
優しい天使が天国に飛んでゆきますように。
彼女の涙と一緒に。



でも、ここんとこの気分は・・・
どっちかって言うと「ハイボール」って感じ。

・・・Why?
「深夜食堂2」ってドラマにハマっていて、
その影響ありあり。
深夜から始まる新宿の小さな「めしや」が舞台。
マスター1人だけのカウンターだけの小さな店。
メニューはナシ。「出来るものなら作ります」って飲み屋。

都会の影の部分を描いた短い話の中に
ジーンとくるセリフがいちいちある。
小林薫が「めしや」の主人でなかなかいい。

こないだのオーダーは「白菜漬け」だったな。
その前は「クリームシチュー」だった。
家庭的な料理と家庭とは縁遠い人が交わる話。
料理と交差するいくつかの人間模様。
ホロリと沁みてくる感じ。

他のドラマにはない空気感がいい。
「幸せっていうのはどっかに抜け道があるんだよ」
・・・笑って話したこのセリフも良かったな。沁みます。

このドラマを観ているとムズムズしてくる。
こういう感じの短い話を、
ちょこっと書いてみたいなぁって気持ちになって。
なぁ~んて夢みたいなことを夢みたりして。
そんなことを思わせてしまうドラマなのです。
・・・ってどんなドラマ?ふふ・・・。


天使の分け前ほどのささやかな夢を、
いくつになってもいつになっても、
ずっとずっと見続けていくのだな。

今宵の酔っぱらいのちっぽけな戯言。
天使が空から笑って見てる。
# by kurin1022 | 2011-12-03 15:00 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(6)
星空が眩しい夜に。
中田永一さんの『吉祥寺の朝日奈くん』を前に読んだ。
・・・映画化されるらしい。
これは、絶対に観たいぞっ!
どんな風に映像化されるのだろう。楽しみ。
そしてまた・・・幸せの涙を静かに落としたいと思う。
せっちゃんの『空に星が綺麗~悲しい吉祥寺』が
エンディングに流れるなんて、ますます楽しみ!


ブータン国王夫妻に、心をわしづかみにされた。
たおやかな佇まい。“自分の言葉”で語られたいくつもの言葉。
福島の子どもたちに、子どもの視点に立って語られていた姿なんて、
心が揺さぶられて仕方なかった。
世界一幸せな国ってのも、この方たちの笑顔を観てたら頷ける。
素敵な夫婦って、人も幸せにするのですね。


国民総幸福量の幸せの尺度の中に、家族の在り方って項目があった。
一人の楽しみよりも家族で楽しんだことのほうが、思い出は温かい。
夏の家族旅行、楽しかったな・・・と思い出す。
もっと家族。そして・・・もっと夫婦。


で・・・夫婦の共通の楽しみを模索中。
今んとこ・・・休日のお昼ごはんを二人で外食すること。


アラバキの映像を観てから、
ハナレグミのライブが観たい!って気持ちに駆られてる。
2月は遠いな・・・と思う。せつないな。


せっちゃんのライブ後、真っ先に思ったこと。
「今度は・・・3ピースだっ!」
もっともっと削ぎ落とされた音に包まれた彼の声を聴きたくなってる。


男女って、いくつになっても異性だったりするわけで。
これってめんどくさいと思う、ほんとに。
そういう感情に支配されてしまう人に振り回されてしまったりする時。
ほんとにめんどくさいと思う、今日この頃。
もっと自尊心ってヤツに支配されたほうが、男の魅力はアップするよ。
そっと教えてあげたい、今日この頃。


『吉祥寺の朝日奈くん』の中に、
『三角形はこわさないでおく』という話があった。
バランスや形や位置や距離。大切にしたいこと。
男女の距離なんて・・・高校生の方がずっと分かってる。そう思う。


星空が眩しい夜に。今宵の戯言。
# by kurin1022 | 2011-11-20 23:39 | 日々のあれこれ | Trackback | Comments(4)
「見直したぜ、日本。」
「俺もSMAPに曲書きてぇよ」が現実になったね、せっちゃん(笑)。
高視聴率を叩き出してるドラマの主題歌に、映画に、CMに・・・。
すごいやねぇ、ほんとに。
今年最も旬なミュージシャン・・・なんて言われちゃってるしね。

「いろいろ心配かけちゃいましたねぇ」
「干されもせず、ますます良くなってる感じ」
初日のライブで笑って話してたせっちゃん。

春のあの日あの歌を聴いた時・・・
彼はそういうことも覚悟の上で歌ったんだと思ったし、
ミュージシャンを生業にしてる者として、
自身の仕事の姿勢を真摯に貫き全うしたかったんだと感じた。

・・・ほんとにそうね、せっちゃん。
どんどん良くなってる。私にとっては眩しすぎるくらいに。

私はその「良くなってる感(笑)」をいちばん肌で感じたのは、
JR東日本「行くぜ、東北。」のCMを観た時だった。
せっちゃんの「COME ON !」をバックに、
三人のうら若き女子が満面の笑顔で旅してるシーン。
突き抜けるような「COME ON !」がほんとに似合った。

・・・いいCMだと思った。
自分の若い頃を重ねてみて郷愁すら感じられた。いい画だった。
この頃(多分、独身の女子と見た)ってほんとにいいよねぇ。

何気なく流れてきたCMを初めて見た後、
「見直したぜ、日本。」って叫びたい気持ちになった。

震災後、程なくしてあの歌を歌って、
怒りをストレートに歌ったアルバムを秋に出して。
そんな時を経て・・・眩しいせっちゃんが今ここにいる。

そんな今の現実が(大げさに言うならばそんな今の社会が)、
単純になんだかとても嬉しくて仕方なかった。

単純だけど単純で上等と思う。
いろんな事情が交差する様なんてものは、
はなから知りたくはない。知らぬが仏様。
今この時に・・・「見直したぜ、日本。」って単純に叫びたい気持ち。

心配かけちゃいましたって・・・ええ、心配しましたとも。
私はハラハラ見守る以外、なんにも出来なかったけど。
・・・もう二度と心配なんてしないさ。

今日も私は、ロックを歌う旬なミュージシャンの真摯な歌声を聴いた。
たかが歌。されど歌だ。
# by kurin1022 | 2011-11-19 15:56 | 斉藤和義 | Trackback | Comments(4)
DONT LOOK BACK
「おはよう」と目覚めて、仕事に行って、
「ただいま」と誰もいない部屋に帰って、夕ご飯作って、
「おかえり」と言って、そのうち口うるさいママになって、
「この歌いいんじゃん」と娘と一緒にお菓子食べて(だから太って)、
塾に送って、夫と二人きりで会話があるようなないような時間を過ごして、
塾に迎えに行って、娘と一緒になにか食べて(また太って)、
お風呂に入って、「おやすみ」と言って、「おはよう」と目覚める。

平凡な一日が繰り返される中で、
“ちいさな幸せ”をチマチマ見つけてやり過ごしてる。
今日の“ちいさな幸せ”は・・・これでした。



ボブ・ディランの映画『DONT LOOK BACK』のDVD。
これ・・・刺激的だった!そして・・・若き日のディランのカッコいいこと!

馴染みの店のオヤジ(敬意と愛情を込めてそう呼ぶ)が貸してくれました。
オヤジの中古CD屋巡りも、けっして無駄ではないのですね。
まさか・・・オヤジがこれを持ってたなんて!
今度の女子会は、「肉!」って(私の)一言で
新しいステーキ屋に行きますが(すみません)、
今度またデカい宴会持っていきます。ありがとうございます。

・・・ということで、ディランの『DONT LOOK BACK』ですな。
と言っても・・・私、ディランは全然詳しくありません。
でも、これはずっと観たかったんだよね。
「カッコいい」って聞いていたので。

1967年。初のイギリスツアー(1965年)のドキュメンタリー。
モノクロなタッチ感がなんともいい感じ。
もう、オープニングで完全にヤられました。
『Subterranean Homesick Blues』で、
歌詞の書かれたカードを無表情に次々と投げ捨てるシーン。
そのふてぶてしさったら・・・ほんとカッコいいんですわ。

ベテラン記者や学生相手に、その言動が気に入らなければ、
とことん言葉によってやりこめる。哲学的ですらある。
若いディランは、(チョー)神経質だし生意気だしふてぶてしい。
で・・・その佇まいがなんともカッコいい。

バンドメンバーにも怒鳴りつけるしね。
「お前らがいるから俺が叩かれるんだ!出てけ!」って喧嘩するし、
縦横無尽っぷりが若いですな。眩しいほどに。
『くよくよするなよ』『時代は変る』などの名曲も聴けた。
なんか自分の中でストーンと落ちた感じがした。
ああ・・・楽しかった!


観た後・・・なんだか私は彼のことを考えていた。
あの日、彼のライブでピアノ弾きがピアノを弾か(け)なかった。
どこか心の中で不調和音が響くようなステージを観た客は、
心のやり場を求めさまよっていた。

例えば、会社が大きな間違いや失敗をしたなら相手に謝る。
よって、観客に説明すべきとの声も大きかったし・・・炎上した。
私はピアノ弾きを観に行ったわけではないし、
ライブは「いま」で、悔しくてもその時の「いま」は取り返せないから、
弾かなくなったピアノ弾きのカバーで
渾身のギターを見せてくれた彼の姿に満たされてた。
ほんとうにきれいな音だった。泣くような音だった。彼の姿も。

長い間、多くの人から愛され続けてきた彼のステージだった。
彼にとってもいいステージにしたかったというオーディエンスの気持ち。
すごくよく分かった。彼は、ほんとに愛されてる。

私は、彼のステージは彼のものでいいよ・・・と思ってた。
ジェントルマンの彼は、若き日のディランみたいに、
怒鳴りつけたりはしないだろう。
きっと最高のステージを観せられなかったことを悲しんだろう。
そのライブはツアーのラストだった。
ライブの直前に語った彼のボイスを見つけた時から、
きっとそんな感慨でいたんだと思う。

「ステージ上のシンガーは、盛り上げ創り上げてくれた存在であって、
 生身の自分自身とは少しかけ離れていると感じながら、
 自分に与えられた機会を活かし、
 温かい時間と空間を作るべく努力しました」

彼の言葉は胸にささっていた。
長く彼を観てきたから、衝撃的でもあった。
同時に彼らしいな、とも。

長ければ長いほど、オーディエンスの期待は大きいのかな。
あなたがあなたである限り・・・満足出来る自信だって、
長ければ長いほどあるのにな。
あなたがステージに立てばあなたでしかないし、
あなたの放つ空気感はあなた以外にはない。
ステージは、もうあなたのものでいいのに。
そんな気持ちに、あれからずっと包まれている。
キュンとした矢は、胸の奥にささったまんまだ。


私はディランみたいに哲学的に語ることは出来ないけれど、
ちゃんと言葉で伝えたいと思う。
話したいことがちゃんと伝わらず誤解を招いてしまったり、
知らないうちに時に人を傷つけてることだってある。
とても悲しくなってしまう。どうしてこうなっちゃうんだろう。
黙ってしまえばいいのかな。

ちゃんと言葉で心を伝えられる人になりたいな。
ほんとうにそうなりたいな。
チマチマ答えを見つけてる。
# by kurin1022 | 2011-11-09 15:17 | 音楽 | Trackback | Comments(5)
転がり続けて磨かれた45の石
斉藤和義の新しいアルバム『45 STONES』が、
私の周りの若者の間で、最近やたらと好評で。

「今まで“もやもやした何か”が引っかかってて、
 一気に転がり落ちてったって感じ」・・・らしい。


せっちゃんのツアー『45 STONES』がスタートした。
昨日、初日のライブを観てきた。

オープニングに、クスッと笑った。
それはそれはもう・・・
弾けるような楽しい“ロックンロール・ショー”だった。
こういう空気感のライブは大好きさ!

アルバム『45 STONES』を引っさげてのツアー。
アルバム曲を演るのは周知していたけれど、
新しい盤以外の選曲が・・・もう、ドストライクだった。


私は彼のこのアルバムを手にした時・・・
彼の歌に答えを求めてはいなかったし、
ガツンと一発言ってくれ!とも願ってはいなかった。

ただ・・・私の中で何かが転がり落ちる瞬間を、
ずっとずっと待ち続けていたんだ、とライブで感じた。

45の転がる石の放つロック・スピリットってヤツを
体中で感じられる空間に身を任せてみたら・・・
私の中の“もやもやした何か”が、
この日一気に転がり落ちてった・・・って感じ。

ライブの人だね、やっぱ、和義は!
音楽のパワーって、凄いや!
ロックンロール・ショーの・・・素敵な魔法ね。

パンフレットの表紙には、
「2011 Nov.5th-2012 Mar.31st」とある。
私は、この初日とラストを観る。

陽気なロックンロール・ショーは、
今・・・始まったばかり。
どんどん転がって、どんどん磨かれていっちゃって!

そして・・・
最高のラストでまた再び・・・一気に転がり落ちたい。
# by kurin1022 | 2011-11-06 21:22 | 斉藤和義 | Trackback | Comments(10)
「君が人生の時」・・・永遠の強さ。


思い出という呼び方はしたくない。
なぜなら、思い出とは過去に封印されてしまったものだから。
歴史なのだ。

楽曲は、僕たちの胸に刻まれた歴史の中で永遠の生を生きる。
その一方で、ライブの歌は、一瞬の生をまばゆく生きる。
永遠と一瞬がコンサートホールで交差し、溶け合う。
その光景こそが「いま」なのだと、僕は思う。


浜田省吾の2007年のライブパンフのラストに、
重松清氏の「人生という名のもとに」というエッセイがあった。
手にしてから何度も何度も繰り返し読んだ。
それ以来のツアーだから・・・4年ぶりになる。
昨夜、浜田省吾のアリーナツアーの最終日を観た。


「この週末の夜は おれにくれないか?」
・・・キュンとせつなくなったあの日の私がいる。

「稲妻が俺の体 駆け抜け 全て夢が走り出し」
“独立記念日”に“反抗期”に“終りなき疾走”・・・。
熱い歌詞、強い彼の歌声が・・・私の体を駆け抜けた。

私がティーンエイジャーの自分に戻れる場所は、彼の歌。
35周年ですね。心からリスペクトします。
今までずっと、ほんとうにありがとう浜田さん。

ティーンエイジャーの頃に出会い染み込んでいった音楽は、
やはり特別な感慨があって潤んだ気持ちに包まれてしまう。
彼にはいっぱい支えられたし、いっぱい助けてもらったから。

30年前のナンバーを、彼がステージに立ち歌う。
ティーンエイジャーの自分と現在の自分がクロスして、
永遠と一瞬が交差し溶け合った「いま」の時間が、
たおやかに胸の中に流れ込んでいった。
そんな魔法の4時間だった。


私は、彼の真摯でどこまでも紳士なところが好きなんだ。
ステージに立つ彼の懐は大きくてすっぽり包まれてしまう。
緻密に完璧なステージを創ることにどこまでもストイックで、
スタンドマイクを高らかに持ち上げてくるくる回る姿は健在だし、
ステージを右から左に髪をフワフワさせて走る姿も健在。
来年、還暦を迎える彼の“浜田省吾”ぶりは変わらない。

彼はきっと世間の求める“浜田省吾”に、どこまでも真摯なんだと思う。
センターステージで、「レッツゴー!」と歌い出す姿は若々しくて、
取り囲んだ数多なる女子全員をキュンとさせてしまうほどのカッコよさだ。
けれど・・・私は、もう変わったっていいかなと思う。

スプリングスティーンやディランみたいに、
開き直ったようないかにもオヤジって感じの、
年を重ねた渋いオヤジぶりも観てみたいから。
そう・・・これからもずっと彼を観ていたいから。
年と共に変化する彼を観ていたいと思う。


「ずっとライブで歌わなかったけど、“君が人生の時”の1曲目」
“風を感じて”を久しぶりに聴いた。
なぜだか胸の奥がキュンとせつなくなった。

「自由に生きてく方法なんて 100通りだってあるさ」
あなたは優しくそう歌ってくれた。
自由に生きる方法なんてそう多くはないし、
選んだ道以外に自分が選べる道はないんだってことを、
私はもう知っている。ポップに陽気に聴いてた10代の私じゃない。
けれど・・・そんな「いま」を嫌いではないよ。

なんだか「いま」こうして生きていることに感謝したくなった。
そんな夜だった。彼のライブの後は、きまってこういう気持ちに包まれる。


『ON THE ROAD 2011 The Last Weekend』
2011.10.30  さいたまスーパーアリーナ

01. ON THE ROAD
02. この夜に乾杯
03. HELLO ROCK & ROLL CITY
04. 独立記念日
05. 反抗期
06. 光と影の季節
07. Thank you
08. MONEY
09. 風を感じて
10. 片想い
11. もうひとつの土曜日
12. PAIN
13. BLOOD LINE(Instrumental)
14. 我が心のマリア(Instrumental)
15. MY HOMETOWN
16. 裸の王達
17. 詩人の鐘
18. THEME OF FATHER’S SON
19. RISING SUN
20. J.BOY
21. 僕と彼女と週末に
22. 愛の世代の前に
23. モノクロームの虹
24. 終りなき疾走
25. 君がいるところが My sweet home
26. I am a father
27. 路地裏の少年
28. 家路

(en1)
29. 日はまた昇る
(en2)
30. 君が人生の時


昨年の9月に海外で撮ったというメッセージ映像が流れた。
「こうしてこの映像を見てくれてるってことは、
 最終日のさいたまスーパーアリーナに来てくれてるってことだね。
 君たちは、今の僕が知らないことをもう知ってるんだよね。
 知らないことを経験してるんだよね」
9月の青空の下、笑顔で語りかける省吾。同時にキュンと胸が痛んだ。

「NO NUKES」を静かに歌い続けてきたミュージシャン。
背中のスクリーンに、1945の文字が大きく流れる。
「愛の世代の前に」を高らかに歌い上げる。

「抱きしめるがいい ただ ひとつの 君が人生の時」
「今は戦後でいちばん大変な時代だけど、乗り越えて生きていこう」
真摯な強い言葉にこくんと頷き、「君が人生の時」を静かに聴いた。
身動きひとつ出来ずに聴いた。
10代の頃、繰り返し聴いた時と交差し、溶け合った。


若い連中の刹那的な「いま」も悪くはないけれど、
永遠の強さも一瞬の輝きも知っているオトナの「いま」は、
もっと深いんだぜ、とも。


重松氏のエッセイはこう続いていた。
永遠の強さこそ、時を重ねなくちゃわからないものだ。

ディランの“時代は変る”は、時代を超えてるよね。
変わらない普遍性があって、時代がしんどくなれば必ず浮かんでくる。
省吾の歌も然り。聴き続けてきたファンは、
そんな永遠の強さを「いま」噛みしめているんだろうな。私も。

昨年の9月の映像の時に、出来たら戻りたいと思う。
でも、知りすぎるほどに知ってしまった「いま」だからこそ、
変わらない永遠の強さを持ちたいと思った。
ありがとう省吾。10代の頃、あなたに出会えてほんとに良かった。
# by kurin1022 | 2011-10-31 16:27 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
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